2015年10月23日

日本共産党市議団ニュース2015年秋号より…9月議会一般質問

保育料の負担軽減を/マンション防災支援の強化を
9月市議会では、保育料の問題、マンション防災、平和行政などについて一般質問でとりあげました。日本共産党芦屋市議団ニュース2015年秋号より、私の一般質問部分を転載します。

芦屋市は、この数年保育所保育料を据え置いています。しかし、保育料の最高額は3歳未満児で月額89000円と神戸市よりも15000円も高く、20年前の1.7倍にもなっています。保育料を決める所得階層区分が粗い(20年前は20段階、現在は11段階。全国的には30段階の市もある)ため、所得増による保育料増額の負担感が他市よりも大きくなっており、階層区分の細分化を求めました。また、国による「年少扶養控除」廃止で実質引き上げの世帯も出てきており改善を求めました。また、今年から始まった「小規模保育事業所」の保育料は、施設や人員配置の緩和(水準低下)もあることから西宮市などでは25%低く設定しているのに対して、芦屋市は認可保育所と同額です。質問ではその減額を提起しました。いずれも積極的な返答には至りませんでしたが、これからも求めて行きたいと思います。
防災では、市民の多くが居住するマンションの防災支援が先進市に比べて遅れており強化を求めました。
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2015年10月18日

非核平和都市宣言30周年を迎えました

芦屋市は、市議会が1985年10月15日に非核平和都市宣言を決議してから30周年になることから、市役所北広場に宣言の銘板をこのほど設置しました。市民団体や日本共産党もこの間にモニュメントの設置を求めてきました。宣言は、24の市民団体の請願と7000名を超える市民の署名が大きな力となって、二回の定例議会で審議の上、全会一致で可決されたものです。私も一期目の議員としてかかわり、当時二期目の議員だった山中現市長らとともに、宣言文の起草にあたりました。核弾頭の数は減ってきていますが1万数千発の脅威はなお巨大なものです。これからも宣言を風化させずに施策の充実を求めていきます。
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2015年09月23日

連休過ぎても忘れない!

今日は、33周年の結婚記念日…ですが、この数日の風邪で、今日も家の中で過ごしています。先週末の市議会本会議で、戦争法の廃案を求める請願への賛成討論をしながら喉の変調を自覚、案の定その夜から咳き込みだして、予定をキャンセルできるものはしながら、自分が責任者や事務局の会議に出ている内に症状が悪化。結局シルバーウィークを通じて寝たり起きたりの状態で、今日はチョット良くなった感じです。来週には決算議会を控え、気が気ではありませんが、体力温存と割り切って養生しています。それでも、自宅でできることをと、この間に戦争法に関する行動案内ビラも一種類作成、ニュースを二種類、党市議団のミニニュースと市民団体のニュースを編集・作成、印刷・発行しました。他に国民救援会のバスツアーの企画書も作りました。これはけっこう楽しみながらできました。
大阪で初任者研修中の次男は、連休初日に顔をチラッと見せた切りです。東京に赴任中の長男は、帰省しても友人や彼女との時間に忙しいらしく、今日午前中に彼女に見送られて戻っていきました。・・・というわけで、今日は夫婦ふたりで久々にゆっくりと流れる時間の中で過ごしています。

それにしても「連休過ぎても忘れない!」ですよね。戦争法をめぐる安倍政権の国民主権も立憲主義もふみにじった今国会を・・・

以下に、18日に市議会本会議で行った請願への賛成討論を掲載します(ちょっと長いですけど、よろしければどうぞ・・・)
「安保関連法案(戦争法案)」のすみやかな廃案を求める請願書 への賛成討論

日本共産党を代表して、「安保関連法案(戦争法案)」のすみやかな廃案を求める請願書 への賛成討論を行ないます。

先月8月15日に市民センターで開かれたユネスコの平和のつどいで、ある年配の方が歌を何首か紹介されました。そのうちの一首に次のような歌があります。

ふたたびは銃をとらじと ちかひたる きびしきのりも 風になるがに
芦屋市の誇る詩人、富田砕花が憲法9条の「風化」を嘆いた歌ですが、昨日からの国会を見れば、その思いを強くするのは、私だけではないと思います。
安全保障法制関連法案いわゆる戦争法案が参議院特別委員会で「強行採決」に付されました。委員長の職権乱用に対して野党が出した委員長不信任動議が与党の多数で否決されて、鴻池委員長が席に戻るや否や、与党議員が委員長席を取り囲み、かけつけた野党議員を力ずくで排除する中、委員長の議事運営の声も聞こえないにもかかわらず、自民党筆頭理事である佐藤正久参院議員の指示で与党議員が起立し、締めくくり質疑もないまま、形ばかりの採決で、可決されたとする暴挙を目の当たりにし、憲法違反の戦争法にふさわしい決め方だとひにくることさえむなしくなる思いにもなりましたが、すぐにそのむなしさを吹き払う怒りがふつふつと沸いてきました。
同時に、廃案を訴えて国会をとりまく人々の中に、この国の将来への希望も見たように思います。憲法9条の風化は、政府与党の中のことであり、若者をふくめ国民の中にはしっかりと根付いているということです。
かつてのような組織動員ではない老若男女が、それぞれ一人の主権者としての意思をもって行動に参加する姿は、この国に民主主義の新たな段階の到来を予感させます。
そこに信頼して、私たちも仮に法が成立させられようともその施行を止める新たなたたかいを進めて行かなければと思います。

請願が法案の廃案を求める妥当性は、何よりも法案の違憲性にあります。
請願でも指摘しているように、衆院憲法審査会に招致された参考人全員が法案を「憲法違反」と断じたことは、ご承知のところですが、その指摘は歴代の元内閣法制局長官からさらに、「憲法の番人」と称される最高裁判所の元判事、元長官へと広がりました。安倍内閣やその与党が、いくら専守防衛のための限定的な集団的自衛権行使だと説明しても、その論理矛盾が誰の目にも明白であるとともに、その根拠を砂川判決と1972年の政府見解に求めることがかえって、法案の法的安定性の無さを示すことになりました。
元最高裁長官の山口繁氏は、今月3日、安保関連法案について「集団的自衛権の行使を認める立法は憲法違反といわざるを得ない」と述べ、砂川判決が「必要な自衛の措置」に言及していることについて「集団的自衛権を意識して判決が書かれたとは到底考えれらない。」と言い切っています。
法案のこのような違憲性の明白さゆえに、弁護士でもある篠山市の酒井市長の発言が説得力をもつのだと思います。
市のホームページで酒井市長は、このように言っています。
「これを合憲と言う人は、憲法を勉強したことがない人か、あるいは憲法学者より自分が偉いと思っている人、あげくは憲法より自分が偉いと思っている人ではないかと思います」本市の山中市長の「戦争できる国にするという愚かな選択」と言う発言も、歴史の教訓から導き出された重みのある言葉だと思いますが、酒井市長の発言は、さらに痛烈ではあるけれども核心をついた言葉だと感じました。

総務常任委員会での委員会審査では、この集団的自衛権についての国連の定義と法案での定義が異なるかのような発言が請願に反対、法案に賛成の議員からされましたが、本当にそうであるならば、法案が国際社会では通用しないことを自ら認めるものです。
昨年の閣議の時に持ち出された武力行使の「新3要件」なるものも、あいまいな言葉をちりばめて要は時の政府が判断するというものであり、憲法さえも解釈で変えてしまうことで立憲主義さえもふみにじる今の政権の下では、何の歯止めにもなりません。
限定的であろうとそうでなかろうと、集団的自衛権とは、わが国が攻撃されたわけではないのに、他国からの応援要請に応えて、あるいは自ら進んで応援を申し出て戦争に参加することであり、それは相手国からすれば、戦争の相手にしているわけでもないわが国からの先制攻撃をうけることであり、そのことにより日本が反撃を受ける極めて高い危険性を生み出し、あるいはテロの標的にされる危険性を高めるものであり、原発と言う格好の標的を全国に散らばらせているわが国にあっては、まさに存立危機事態を自ら招くことになるものです。
安保法制、戦争法への批判に対して、ときおり「では、日本の平和を守る対案は」と問い返す人がいます。日本共産党としては、かねてより北東アジア平和協力構想を提起し、諸外国からも高い評価を受けていますが、あえて言うならば、現局面では、あらたな緊張関係を生みかねない安保法制、戦争法を廃案にすることこそ、平和を守る最大の対案だと申し上げておきたいと思います。

集団的自衛権の行使で想定されるのは、アメリカの戦争への参加ですが、そのアメリカがいかに間違った戦争をしてきたかは、アメリカによるトンキン湾事件のデッチ上げから始まったベトナム戦争、近年では大量破壊兵器の保有という虚構の口実で始まったイラク戦争など枚挙にいとまがありません。そんな不正義の戦争に加担させられ、日本の若者や相手国の無実の人々を巻き込み、殺し殺されることになるのが集団的自衛権の行使であり、憲法が禁じている戦争そのものです。
憲法九条は「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。」と謳っています。この放棄した国権に集団的自衛権は含まれないなどと言う論は、いかに限定的という言葉をつけようとも成り立つものではありません。

安保環境の根本的変容などと、わが国の安全保障環境が厳しくなっているということも安保法制の根拠にされています。集団的自衛権行使は憲法違反というこれまでの政府見解を覆し、わが国の平和と安全のためには法的安定性などどうでもいいなどという暴論は論外であり、憲法違反の法案を正当化する論拠にはとうていなり得ませんが、そもそもが果たしてほんとうに安全保障環境が厳しくなっているのかも問われなければなりません。わが国が近隣諸国と国境問題をかかえていることは確かであり、その解決が求められますが、それは国際法と道理にもとづいて行なわれるべきであり、安保法制とその具体化によるいわゆる軍事的対抗で進むものではありません。政府は、根本的変容の具体的中身を示すことができずに、一部に言われる中国脅威論さえ、政府は国会答弁で否定せざるを得なくなっています。中国を例に見てもいまやわが国の対外貿易第1位が中国であり、中国にしても重要な貿易相手国が日本です。両国が武力で合い争うことにでもなれば、両国の経済が成り立たなくなる自滅の道を共に進むことになるというのがいまの時代です。当初、安保法制発動の具体的事例として政府が説明したホルムズ海峡の機雷掃海も、イラン自体が否定し、安倍内閣も現実的には想定していないことを認めざるを得なくなり、いわゆる立法事実自体がなくなるという事態になっているのが、安保法制をめぐる現状です。ならば廃案しかないではありませんか。

そもそもが中国や北朝鮮など近隣諸国との問題は、集団的自衛権ではなく個別的自衛権の問題ではないんかとの指摘がされることに対して、「抑止力」を理由に集団的自衛権行使の安保法制をへ正当化する主張もされてきました。
しかし、その主張は、すでに日米安保条約によって米側には日本防衛の義務が課せられているということをあえて後継におしやり、ある意味屋上屋を重ねて米軍による抑止力効果を強調するtで、国民の問題意識をそらせ、日米安保条約を超える安保法制の危険性をごまかそうとするものです。日本防衛を口実にした米軍基地強化という日米安保条約の欺瞞性に加えた国民への二重のごまかしであり許せません。 
今日は満州事変と言われた柳条湖事件勃発84年目の日ですが、シナ事変と言われた盧溝橋事件とともに、一発の爆弾を口に、あるいは一発の銃声を根拠に、自存自衛のための抑止力のはずの軍隊が牙をむいて侵略力となって行った歴史を思い起こさなければならないと思います。「いまは、シビリアンコントロールがある」ということも、法案成立前からのにち自衛隊の独断専行を暴露した内部文書の発覚によって、信頼性を失い、説得力を持たなくなってしまっているのが現状です。法が成立すればその暴走が加速することになりかねず、日本国民の平和と安全がさらに危機にみまわれることになりかねません。

それでもなお、ひとまず自衛隊が送り込まれるところが、安全であるかのように言いつくろうため、安倍内閣は、国際概念としては戦闘行為と一体である武器弾薬、燃料の補給活動である兵站活動を「後方支援」などと言い換えたり、身を守るための必要最低限の武器使用は憲法が禁じる武力行使ではないと繰り返したりしますが、そのようなことをいくら言ってみたところで、国際社会では通用しないのであり、戦争の実態からかけはなれた虚構の世界での論理でしかありません。そのような論理で、歴史の過ちをくりかえすことを私は良しとしないが故に戦争法である安保法制には絶対反対であり、廃案を求める請願に賛成するものです。

一昨日私は、請願者のお一人から手紙をうけとりました。そこに添えられていた一文に先の戦争体験者の切実なまでの平和への願いを感じ取りました。短い文章なので読み上げたいと思います。
「おばあちゃんからのお願い・・・あなたは息子を戦場へ遅れますか? あなたは戦場に行って人を殺せますか?
私たちは大正から昭和初めに生まれた80歳近いおばあちゃんです。
でも私たちは、昭和のあの戦争をこの眼でしっかり見てきました。
まだ若くて何も考えず、政治家の言うとおり一生懸命戦争に協力しましたが、それを思い出すと恥ずかしくてなりません。
私たちは右でもない左でもない、普通の家の小さいおばあちゃんです。
でも、300万人以上の日本人が死んだあの戦争で、その一人一人の家族がどんな思いをしたか、それが忘れられません。そして、戦場になった国の人々に、より深い怒りや悲しみを与えたことも。あの時のような思いを私たちの子や孫たちには絶対させたくない、そう思うと居ても立ってもいられずこれを書いています。
戦場に行きたい人など誰一人いないはずです。
私たちも大事なかわいい孫やひまごを戦場にやりたくはありません。
人を殺したり殺されたりする場所に行かせたくないのです。
私たちは願っています。この日本の国が、いつまでもいつまでも、
戦争をしない国であることを! そしてまた、
戦争の手助けをしない国となることを!
私たちはこれから先そんなに長くはいきないでしょう。けれども、若い頃戦争する国日本に協力してしまいました。たからこそ、こんなおばあちゃんが勇気をふるってお願いするのです。
どうか眼をしっかり見開いて、自分の歩く道を選んでください。
あなたは息子を戦場へ送れますか?
あなたは戦争に行って人を殺せますか?」


この戦争体験世代の言葉は、国会前の集会に参加したある女子学生の言葉にも通じるものです。彼女は「後悔の中に、体を震わせて泣くことはしたくない」とマイクをもって戦争法の廃案を訴えました。歴史の教訓がしっかりと生かされようとしていると私は思いました。
そのような思いがいま全国に広がっているのです。

請願の妥当性のいまひとつはそこにあります。つまり、安保法制、戦争法案の可決は、歴史の教訓を生かそうという国民の意思に反しているということです。民主政治における基本的な問題点です。
九月に入ってからの最新の世論調査では、法案に反対が6割を超え、国民に十分な説明がされていないとの回答が8割を超えています。慎重審議も含めて今国会での成立に批判的な意見も8割を超えています。
時間的経過と共に、反対や批判が増える現状は、いかにこの法案が問題をはらんでいるかを示しています。
立憲主義と国民主権から逸脱した内閣は退陣しかない、そんな政府が出した法案は廃案しかない、そのことを強く指摘し、請願への賛成討論とします。

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2015年09月18日

戦争法の強行採決に抗議の共同アピールを市議有志で出しました

今日の市議会本会議終了後、参院本会議での戦争法強行採決への反対と抵抗が国会内外で繰り広げられる中、市議会議員有志で参院特別委員会での強行採決に抗議する下記の共同アピールを発表しました。

安全保障法制関連法案の強行採決に抗議します
芦屋市議会議員有志の共同アピール


 国会で議論されていた安全保障法制関連法案が、衆議院に引き続き参議院でも、国民多数の反対をおしきって特別委員会で強行採決され、本会議においても今まさにされようとしています。違憲性の指摘もされる中で、最新の世論調査では国民の6割が法案に反対、8割が十分な説明がされていないと答えており、そのような中での強行採決は、主権者国民の意に反するという点で、日本社会に重大な汚点を残すものです。
 すでに憲法学者や歴代の元内閣法制局長官、「憲法の番人」と言われる最高裁判所の元判事が次々と法案の違憲性を厳しく批判する中、地方政治にも大きくかかわる問題として、先日は本市の山中健市長をはじめ、阪神間4市長も強行採決に反対し、国民世論を真摯に受け止めた判断を政府ならびに国会に求める声明を発表するなど、時間的経過とともに法案への国民の理解が深まるどころか、法案への批判は広がり続けてきました。
 そのような中で、数を頼みに強行採決を繰り返すことは、民主主義への挑戦とも言えるものであり、地方の場で政治に携わる者として、日本の将来に大きな懸念を持たざるを得ません。
 私たち芦屋市議会議員有志はここに、安全保障法制関連法案の強行採決に強く抗議し、地方の場から国民の意思にもとづく政治の実現へ引き続き全力を尽くす決意を表明するものです。

2015年9月18日
芦屋市議会議員 
いとうまい/中島かおり/長谷 基弘/平野 貞雄/ひろせ 久美子/前田 辰一/森 しずか/山田美智子
(50音順)
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2015年08月15日

平和安全法制については反対…愚かな選択を決してとってはならないと山中健芦屋市長が表明

<兵庫県自治体問題研究所からの依頼で、「住民と自治」兵庫県版に寄稿した一文を転載します>
被爆70年の今年も、広島、長崎をめざす国民平和大行進が7月9日に芦屋を通過しました。市役所前での歓迎と引継ぎの集会がいつもと違ったのは、そこに市長自身の姿があったことです。早めに出てきて、行進団を出迎えました。市長代理の挨拶は毎年行なわれてきましたが、松永市長から山村市長、北村市長、そして現在の山中市長まで、私が議員だった期間32年間を通じて市長自らが挨拶に出てきたことは今回が初めてです。
その6日前の7月3日、山中健市長は、私の本会議質問に対する答弁で「日本国憲法を遵守する考えであり、現在、国会で議論されている『平和安全法制』については反対の考えでございます。」と戦争法に反対の姿勢を明確にしました。
私は質問で、国会で議論されている「平和安全法制」について、違憲性の指摘がされ、批判が広がっていることを指摘した上で「憲法に反する集団的自衛権行使の具体化である法案の成立は、地方政治のあり方にも重大な影響を及ぼすことになりかねません。戦前において市町村が国の戦争推進の機関とされた苦い教訓から、戦後においては憲法と同時施行で地方自治法が施行された意味は重いものがあります。そもそも明治憲法の改正と言う形をとって制定された現憲法に、新たに加えられた二つの章が、第9条のみからなる第二章の戦争の放棄と、第八章の地方自治であるところに、平和国家建設に向けて地方自治に期待されることの大きさが現れており、地方政治に携わるものとして、その意味を常に自覚し、国政の動向にも注意を払っていくことが重要です。戦後70年を経た現在の日本の政治状況について、平和憲法に照らしてどのような問題意識を地方政治の責任者としてもっているか。国会に上程されている平和安全法制についてどう受けとめているかお示し下さい。」と、地方政治の責任者としての市長の認識を質したのですが、山中市長は前記の答弁に続けて以下のように述べました。
「今の日本の平和と繁栄は、先の大戦で300万人を超える尊い犠牲と、その何倍も何倍も悲しい思いをした人たちの上に成り立っているということを、われわれは片時も忘れてはなりません。過ちは二度と繰り返しませんからと固く誓ったはずです。戦争できない、しない国から戦争できる国にするという愚かな選択をけっして日本はとってはならないと強く思います。」
山中市長は、国民平和大行進の歓迎・引継ぎ集会でも同趣旨の挨拶を行ない、参加者から「お〜」というどよめきと拍手が沸き起こりました。本会議質問の後で分かったことですが、質問への答弁のためにあらかじめ所管部署との打ち合わせで用意していた原稿にはこの部分はなく、市長自身が答弁時にアドリブで付け加えたものでした。外国の2000万人の犠牲という加害に触れていないなどの指摘もありますが、安倍政権の戦争に向かう姿勢に明確に批判の立場を示したことには、ネットによる同時中継で本会議を視聴していた市職員からも共感の声が聞かれたのをはじめ、多くの市民から共感の声が寄せられています。
山中市長は現在四期目で、今年4月の選挙は無所属での立候補でしたが、一期目から自民、公明両党の支持を得てきました。しかし、「護憲派」を自称する山中市長は、これまでも「平和主義、国民主権、基本的人権を柱とする日本国憲法は優れた憲法・・・改正の必要は全くない」(2013年6月議会答弁)、「集団的自衛権の行使には反対の考えであります」(2014年6月議会答弁)と、政府の方針と異なる場合であっても、平和に対する自らの考えは明確にしてきました。
今年10月15日で30周年となる芦屋市の「非核平和都市宣言」の市議会決議に際しては、当時二期目の市会議員として、宣言文の起草にかかわっています。
10年前には、非核平和都市宣言20周年を記念するつどい(2005年芦屋非核平和祈念のつどい=同実行委員会主催)に参加し、立ち見も出るルナホール満席の参加者を前に次のように述べています。
「ややもすれば右傾化しがちな今日の世相にあって、このようなとりくみは大変意義深いものがあると思います。いま、ちょうど改革の真っ最中で、どんどん少子化と超高齢化へ社会が変わっていく、これまでと同じような事業をしていたのでは対応できなくなる。芦屋市も改革の真っ最中で、ご批判もあるでしょうが好むと好まざるとにかかわらず改革して将来に備えていかなければなりません。しかし、変えてはいけないのが日本国憲法だと思っています。みなさんも憲法を守り、平和を守るためいっそうのご奮闘を心からお祈りし、激励とお祝いのごあいさつとします。」
市民に負担と犠牲を強いる行政改革をスタートしたばかりの山中市政一期目のときで、何を言い出すのかと固唾をのんで耳を傾けていた参加者の顔が一気にほころび、満場の拍手がホールを包みました。
山中市長とは、多くの問題で政策を異にし対立することもある中で、日本の命運を左右する戦争か平和かの問題で、基本点での認識を多くの平和を願う市民と共有できることを公の場で確認できたことは、大きな意義があります。
私は、平和行進の折に、市長に「議会での答弁に多くの市民が共感していますよ」と声をかけたのですが、市長からは「周りから色々言われましたよ」と、戦争法推進の側からの圧力があることをほのめかす言葉が返ってきました。「市長のバックにはたくさんの市民がいますよ」と私が言うと、「そうですよ、この問題では私らが多数派ですから」と返ってきました。
市長が、護憲の立場を表明するのは、政治家個人としての信条によるのが大前提ですが、その立場を堅持する最大の保障はやはり世論だとつくづく感じたところです。
平和行進では、市役所敷地内だけではありましたが、山中市長も横断幕をもっていっしょに歩くという場面も加わり、挨拶に加えて参加者の共感をいっそう広げました。その護憲の歩みが、これからも市民とともにあることを願うとともに、そのためにもいま一つの市民代表機関である市議会が、市長の足をひっぱることのないよう憲法擁護の市民的共同を広げていかなければと思います。
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2015年08月14日

A男とB女の平和談義・・・核廃絶も戦争法阻止も世論の力で


A男 宝田明の歌もクミコの歌も、よかった〜、感動したよ。
B女 何かのコンサートにでも行ってきたの? 
A男 いや〜そうじゃあなくて、原水禁世界大会だよ。
B女 へ〜あなたがそんなところへ行くなんて驚いた。
A男 戦後・被爆七十年だというのに、安倍が戦争法なんか国会に出すもんだから、平和について考えてみなければと思ってね。乗せてもらった原水協のバスの3分の2が初めての参加者で、若者や幼い子連れの女性も何人も乗ってたよ。
B女 そうなんだ〜。それで大会はどうだったの?
A男 5月の国連の会議(*1)がうまくいかなかったと聞いていたから、気になっていたけど、とんでもない。90歳の被爆者の坪井直さんの気迫のこもった挨拶をはじめ、海外代表も国内参加者の発言もみんな元気そのものだった。国際世論は大きく前進して、核保有国に迫っていると冨田先生(*2)も言ってたなあ。
B女 テレビで広島と長崎の市長の宣言を聞いたけど、核に固執するアメリカ政府や戦争法を推進する日本政府への批判・苦言を述べたのは、この間の世論の反映だと思ったわ。
A男 核廃絶も戦争法阻止も、世論が大事だとボクもつくづく思ったね。
B女 あなたを変えるなんて、世界大会ってやっぱりスゴイ!
A男 そういうことじゃないだろ〜。ところで、御幸橋(*3)の近くで平野議員にあったよ。
B女 やっぱり、今年も広島へ行ってたんだ。
A男 21回目の世界大会参加で、初めて知人の被爆地を訪ねたと言ってたよ。
B女 9月の報告会で話を聞くのが待ち遠しいわ。

(*1)核不拡散条約再検討会議。最終文書の合意ができなかった。
(*2)冨田宏冶世界大会国際宣言起草委員長、関西学院大学教授。
(*3)みゆきばし、 市職員だった松重さんが涙ながらに写したのが被爆直後の御幸橋での女学生たち。
<日本共産党芦屋市後援会からの依頼原稿より>
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2015年08月07日

原水禁世界大会に参加してきました

原水禁世界大会に参加してきました。昨年は都合で参加できず二年ぶりです。
好核勢力の壁が崩れ、その先に光が・・・     
私が生まれる11年前にあった広島・長崎の被爆、その被爆を自らのこととして感じ、原水爆禁止世界大会にはじめて参加したのは1982年のことでした。以来30年余り、好核勢力に抗しての原水禁運動の力強い前進と核廃絶への大きな展望を体感してきました。今年で21回目の参加となりましたが、私がお世話役(事務局)を務めたバスでは、なんと7割近くが初めての参加者。運動の広がりと確実に若い世代に継がれていることも感じた今年の大会です。
30年前、私が原水禁運動にかかわり始めたとき激励くださった故・副島まちさん(県被団協理事長など歴任)の被爆地(ご自宅跡、爆心地から2.5km)を訪ねました。被爆した少女たちの写真で知られる『御幸橋』の近くです。
被爆当日、副島さんご家族が一夜を明かした向かいの修道中学校では、人工芝が張られたグラウンドで生徒たちが球技に歓声を上げていました。その歓声が永久(とわ)に続くことを願い、そのためにも核戦争の加害国になりかねない「戦争法阻止を」との思いを胸に、その地を後にしました。
世界大会は「広島からのよびかけ」で、核兵器を「正当化」する「抑止力論」を打ち破る力は、一人ひとりの市民が声をあげること―と強調しています。自分だけの胸の内に留めず、どんな小さなことでも声に出し、行動に移しましょう。好核勢力の壁が崩れはじめ、その先に光が見え始めています。

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2015年07月26日

あすからの参院審議控え、芦屋連絡会で戦争法反対の宣伝行動

 衆院での強行採決を経て、いよいよ明日から戦争法が参院での審議開始を控えて、「戦争する国づくりストップ!芦屋連絡会」の宣伝行動が、JR芦屋駅北コープデイズ西口前で行われ、参加しました。連絡会として用意した150枚のビラは終了予定時間前にはほぼなくなり、参加団体独自のビラもいれると200人ほどの市民がビラを受け取ってくれたのではないかと思います。好反応ですと言うのも変ですが、やはり多くの市民が安倍政権に不安や危機感を抱き始めている反映だと感じます。署名も取り組まれ、ビラを受け取った通りかかりの母子が、しばらくスピーカーの訴えに耳を傾けた後、戻ってきて「署名はしているんですか?」と尋ねてくる姿も見られました。
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2015年07月15日

衆院での戦争法案強行採決に怒りの抗議宣伝

 今日は日本共産党の創立93周年記念日で、街頭演説を予定していたところ、衆院安保特別委員会で戦争法案の強行採決が昼過ぎに行われ、抗議の宣伝行動となりました。私に続いて、国会から急きょかけつけた堀内照文議員がマイクを握り、安倍政権と自民公明与党の暴挙を糾弾、衆院本会議でのたたかいと共に参院での廃案を訴えました。
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JR芦屋駅前で堀内照文衆院議員と街頭演説
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2015年04月27日

8期目の新たなステージを全力でがんばります!

みなさんのご支援により8期目をスタートさせることができました。森議員、そして木野下議員のあとを受けたひろせ久美子さんも当選、三議席を守って新たなステージの活動が始まります。市民のみなさんと力を合わせて、誰もが安心してして住み続けられる芦屋へ、議員として全力を尽くしてまいります。これからもお力添えをよろしくお願いします。

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深夜に当選が決まり、私の事務所に三人はじめスタッフ、支援者が集まり万歳!!
(私の右が森議員、左にひろせ久美子さん、その左は松田芦屋市党後援会長)
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