2015年10月23日

日本共産党市議団ニュース2015年秋号より…9月議会一般質問

保育料の負担軽減を/マンション防災支援の強化を
9月市議会では、保育料の問題、マンション防災、平和行政などについて一般質問でとりあげました。日本共産党芦屋市議団ニュース2015年秋号より、私の一般質問部分を転載します。

芦屋市は、この数年保育所保育料を据え置いています。しかし、保育料の最高額は3歳未満児で月額89000円と神戸市よりも15000円も高く、20年前の1.7倍にもなっています。保育料を決める所得階層区分が粗い(20年前は20段階、現在は11段階。全国的には30段階の市もある)ため、所得増による保育料増額の負担感が他市よりも大きくなっており、階層区分の細分化を求めました。また、国による「年少扶養控除」廃止で実質引き上げの世帯も出てきており改善を求めました。また、今年から始まった「小規模保育事業所」の保育料は、施設や人員配置の緩和(水準低下)もあることから西宮市などでは25%低く設定しているのに対して、芦屋市は認可保育所と同額です。質問ではその減額を提起しました。いずれも積極的な返答には至りませんでしたが、これからも求めて行きたいと思います。
防災では、市民の多くが居住するマンションの防災支援が先進市に比べて遅れており強化を求めました。
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2015年10月18日

非核平和都市宣言30周年を迎えました

芦屋市は、市議会が1985年10月15日に非核平和都市宣言を決議してから30周年になることから、市役所北広場に宣言の銘板をこのほど設置しました。市民団体や日本共産党もこの間にモニュメントの設置を求めてきました。宣言は、24の市民団体の請願と7000名を超える市民の署名が大きな力となって、二回の定例議会で審議の上、全会一致で可決されたものです。私も一期目の議員としてかかわり、当時二期目の議員だった山中現市長らとともに、宣言文の起草にあたりました。核弾頭の数は減ってきていますが1万数千発の脅威はなお巨大なものです。これからも宣言を風化させずに施策の充実を求めていきます。
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2015年09月18日

戦争法の強行採決に抗議の共同アピールを市議有志で出しました

今日の市議会本会議終了後、参院本会議での戦争法強行採決への反対と抵抗が国会内外で繰り広げられる中、市議会議員有志で参院特別委員会での強行採決に抗議する下記の共同アピールを発表しました。

安全保障法制関連法案の強行採決に抗議します
芦屋市議会議員有志の共同アピール


 国会で議論されていた安全保障法制関連法案が、衆議院に引き続き参議院でも、国民多数の反対をおしきって特別委員会で強行採決され、本会議においても今まさにされようとしています。違憲性の指摘もされる中で、最新の世論調査では国民の6割が法案に反対、8割が十分な説明がされていないと答えており、そのような中での強行採決は、主権者国民の意に反するという点で、日本社会に重大な汚点を残すものです。
 すでに憲法学者や歴代の元内閣法制局長官、「憲法の番人」と言われる最高裁判所の元判事が次々と法案の違憲性を厳しく批判する中、地方政治にも大きくかかわる問題として、先日は本市の山中健市長をはじめ、阪神間4市長も強行採決に反対し、国民世論を真摯に受け止めた判断を政府ならびに国会に求める声明を発表するなど、時間的経過とともに法案への国民の理解が深まるどころか、法案への批判は広がり続けてきました。
 そのような中で、数を頼みに強行採決を繰り返すことは、民主主義への挑戦とも言えるものであり、地方の場で政治に携わる者として、日本の将来に大きな懸念を持たざるを得ません。
 私たち芦屋市議会議員有志はここに、安全保障法制関連法案の強行採決に強く抗議し、地方の場から国民の意思にもとづく政治の実現へ引き続き全力を尽くす決意を表明するものです。

2015年9月18日
芦屋市議会議員 
いとうまい/中島かおり/長谷 基弘/平野 貞雄/ひろせ 久美子/前田 辰一/森 しずか/山田美智子
(50音順)
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2015年08月15日

平和安全法制については反対…愚かな選択を決してとってはならないと山中健芦屋市長が表明

<兵庫県自治体問題研究所からの依頼で、「住民と自治」兵庫県版に寄稿した一文を転載します>
被爆70年の今年も、広島、長崎をめざす国民平和大行進が7月9日に芦屋を通過しました。市役所前での歓迎と引継ぎの集会がいつもと違ったのは、そこに市長自身の姿があったことです。早めに出てきて、行進団を出迎えました。市長代理の挨拶は毎年行なわれてきましたが、松永市長から山村市長、北村市長、そして現在の山中市長まで、私が議員だった期間32年間を通じて市長自らが挨拶に出てきたことは今回が初めてです。
その6日前の7月3日、山中健市長は、私の本会議質問に対する答弁で「日本国憲法を遵守する考えであり、現在、国会で議論されている『平和安全法制』については反対の考えでございます。」と戦争法に反対の姿勢を明確にしました。
私は質問で、国会で議論されている「平和安全法制」について、違憲性の指摘がされ、批判が広がっていることを指摘した上で「憲法に反する集団的自衛権行使の具体化である法案の成立は、地方政治のあり方にも重大な影響を及ぼすことになりかねません。戦前において市町村が国の戦争推進の機関とされた苦い教訓から、戦後においては憲法と同時施行で地方自治法が施行された意味は重いものがあります。そもそも明治憲法の改正と言う形をとって制定された現憲法に、新たに加えられた二つの章が、第9条のみからなる第二章の戦争の放棄と、第八章の地方自治であるところに、平和国家建設に向けて地方自治に期待されることの大きさが現れており、地方政治に携わるものとして、その意味を常に自覚し、国政の動向にも注意を払っていくことが重要です。戦後70年を経た現在の日本の政治状況について、平和憲法に照らしてどのような問題意識を地方政治の責任者としてもっているか。国会に上程されている平和安全法制についてどう受けとめているかお示し下さい。」と、地方政治の責任者としての市長の認識を質したのですが、山中市長は前記の答弁に続けて以下のように述べました。
「今の日本の平和と繁栄は、先の大戦で300万人を超える尊い犠牲と、その何倍も何倍も悲しい思いをした人たちの上に成り立っているということを、われわれは片時も忘れてはなりません。過ちは二度と繰り返しませんからと固く誓ったはずです。戦争できない、しない国から戦争できる国にするという愚かな選択をけっして日本はとってはならないと強く思います。」
山中市長は、国民平和大行進の歓迎・引継ぎ集会でも同趣旨の挨拶を行ない、参加者から「お〜」というどよめきと拍手が沸き起こりました。本会議質問の後で分かったことですが、質問への答弁のためにあらかじめ所管部署との打ち合わせで用意していた原稿にはこの部分はなく、市長自身が答弁時にアドリブで付け加えたものでした。外国の2000万人の犠牲という加害に触れていないなどの指摘もありますが、安倍政権の戦争に向かう姿勢に明確に批判の立場を示したことには、ネットによる同時中継で本会議を視聴していた市職員からも共感の声が聞かれたのをはじめ、多くの市民から共感の声が寄せられています。
山中市長は現在四期目で、今年4月の選挙は無所属での立候補でしたが、一期目から自民、公明両党の支持を得てきました。しかし、「護憲派」を自称する山中市長は、これまでも「平和主義、国民主権、基本的人権を柱とする日本国憲法は優れた憲法・・・改正の必要は全くない」(2013年6月議会答弁)、「集団的自衛権の行使には反対の考えであります」(2014年6月議会答弁)と、政府の方針と異なる場合であっても、平和に対する自らの考えは明確にしてきました。
今年10月15日で30周年となる芦屋市の「非核平和都市宣言」の市議会決議に際しては、当時二期目の市会議員として、宣言文の起草にかかわっています。
10年前には、非核平和都市宣言20周年を記念するつどい(2005年芦屋非核平和祈念のつどい=同実行委員会主催)に参加し、立ち見も出るルナホール満席の参加者を前に次のように述べています。
「ややもすれば右傾化しがちな今日の世相にあって、このようなとりくみは大変意義深いものがあると思います。いま、ちょうど改革の真っ最中で、どんどん少子化と超高齢化へ社会が変わっていく、これまでと同じような事業をしていたのでは対応できなくなる。芦屋市も改革の真っ最中で、ご批判もあるでしょうが好むと好まざるとにかかわらず改革して将来に備えていかなければなりません。しかし、変えてはいけないのが日本国憲法だと思っています。みなさんも憲法を守り、平和を守るためいっそうのご奮闘を心からお祈りし、激励とお祝いのごあいさつとします。」
市民に負担と犠牲を強いる行政改革をスタートしたばかりの山中市政一期目のときで、何を言い出すのかと固唾をのんで耳を傾けていた参加者の顔が一気にほころび、満場の拍手がホールを包みました。
山中市長とは、多くの問題で政策を異にし対立することもある中で、日本の命運を左右する戦争か平和かの問題で、基本点での認識を多くの平和を願う市民と共有できることを公の場で確認できたことは、大きな意義があります。
私は、平和行進の折に、市長に「議会での答弁に多くの市民が共感していますよ」と声をかけたのですが、市長からは「周りから色々言われましたよ」と、戦争法推進の側からの圧力があることをほのめかす言葉が返ってきました。「市長のバックにはたくさんの市民がいますよ」と私が言うと、「そうですよ、この問題では私らが多数派ですから」と返ってきました。
市長が、護憲の立場を表明するのは、政治家個人としての信条によるのが大前提ですが、その立場を堅持する最大の保障はやはり世論だとつくづく感じたところです。
平和行進では、市役所敷地内だけではありましたが、山中市長も横断幕をもっていっしょに歩くという場面も加わり、挨拶に加えて参加者の共感をいっそう広げました。その護憲の歩みが、これからも市民とともにあることを願うとともに、そのためにもいま一つの市民代表機関である市議会が、市長の足をひっぱることのないよう憲法擁護の市民的共同を広げていかなければと思います。
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2015年08月07日

原水禁世界大会に参加してきました

原水禁世界大会に参加してきました。昨年は都合で参加できず二年ぶりです。
好核勢力の壁が崩れ、その先に光が・・・     
私が生まれる11年前にあった広島・長崎の被爆、その被爆を自らのこととして感じ、原水爆禁止世界大会にはじめて参加したのは1982年のことでした。以来30年余り、好核勢力に抗しての原水禁運動の力強い前進と核廃絶への大きな展望を体感してきました。今年で21回目の参加となりましたが、私がお世話役(事務局)を務めたバスでは、なんと7割近くが初めての参加者。運動の広がりと確実に若い世代に継がれていることも感じた今年の大会です。
30年前、私が原水禁運動にかかわり始めたとき激励くださった故・副島まちさん(県被団協理事長など歴任)の被爆地(ご自宅跡、爆心地から2.5km)を訪ねました。被爆した少女たちの写真で知られる『御幸橋』の近くです。
被爆当日、副島さんご家族が一夜を明かした向かいの修道中学校では、人工芝が張られたグラウンドで生徒たちが球技に歓声を上げていました。その歓声が永久(とわ)に続くことを願い、そのためにも核戦争の加害国になりかねない「戦争法阻止を」との思いを胸に、その地を後にしました。
世界大会は「広島からのよびかけ」で、核兵器を「正当化」する「抑止力論」を打ち破る力は、一人ひとりの市民が声をあげること―と強調しています。自分だけの胸の内に留めず、どんな小さなことでも声に出し、行動に移しましょう。好核勢力の壁が崩れはじめ、その先に光が見え始めています。

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2015年07月26日

あすからの参院審議控え、芦屋連絡会で戦争法反対の宣伝行動

 衆院での強行採決を経て、いよいよ明日から戦争法が参院での審議開始を控えて、「戦争する国づくりストップ!芦屋連絡会」の宣伝行動が、JR芦屋駅北コープデイズ西口前で行われ、参加しました。連絡会として用意した150枚のビラは終了予定時間前にはほぼなくなり、参加団体独自のビラもいれると200人ほどの市民がビラを受け取ってくれたのではないかと思います。好反応ですと言うのも変ですが、やはり多くの市民が安倍政権に不安や危機感を抱き始めている反映だと感じます。署名も取り組まれ、ビラを受け取った通りかかりの母子が、しばらくスピーカーの訴えに耳を傾けた後、戻ってきて「署名はしているんですか?」と尋ねてくる姿も見られました。
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2015年07月15日

衆院での戦争法案強行採決に怒りの抗議宣伝

 今日は日本共産党の創立93周年記念日で、街頭演説を予定していたところ、衆院安保特別委員会で戦争法案の強行採決が昼過ぎに行われ、抗議の宣伝行動となりました。私に続いて、国会から急きょかけつけた堀内照文議員がマイクを握り、安倍政権と自民公明与党の暴挙を糾弾、衆院本会議でのたたかいと共に参院での廃案を訴えました。
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JR芦屋駅前で堀内照文衆院議員と街頭演説
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2015年04月25日

ついに芦屋市議選最終日、平野貞雄は最後まで政策を訴えます。

芦屋市議選の最終日を迎えました。選挙戦中の街頭演説は150回を越えます。街頭演説ができる今日の夜八時まで、最後の最後まで政策を訴えてがんばります。今日はそのあと、阪神芦屋駅前でお勤め帰りのみなさんに最後のごあいさつです。
いよいよ明日は投票日。みなさんとごいっしょに勝利をつかみとるまで、今日一日全力でがんばります。
政策は→党ブログ右側のカテゴリ「政策」をご覧ください。

今日は堀内てるふみ衆院議員の応援をうけて、コープ浜芦屋店前(呉川町)で街頭演説。そのあと、呉川町を歩いて支持を訴えました。
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堀内てるふみ衆院議員の応援をうけて(呉川町・コープ浜芦屋店前)
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2015年04月23日

いよいよ選挙戦後半、最後まで政策を訴えてがんばります

昨日の個人演説会は、いずれの会場でも力強い激励をいただきました。いよいよ、選挙戦も後半です。この間いただいたご期待の声を胸に、最後まで政策を訴えてがんばります。

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竹園集会所での演説会では、梶本修史県平和友好団体日本共産党後援会代表(県原水協事務局長)からすいせんの訴えをしていただきました


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大原集会所の演説会では、喜田ゆい党県会議員からの応援の訴えをしていただきました
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2015年04月22日

三日間で67回の街頭演説にうれしい反応が次々と

一昨日からの朝の駅頭宣伝は、五時半出発でいずれも一番に到着(本日は2番目でした)。昨日は私の10分後にはA候補、さらに10分後にはI候補到着で、最終的には一つの駅前に7候補がそろいました。市内の4つの駅に市議候補32、市長候補3の計35人が集中するのですから、宣伝場所の確保も大変です。
市議選初日20回、二日目24回、昨日23回と街頭演説を続けていますが、各所でうれしい反応が続いています。駅頭では、握手で支援をアピールして下さる方も増えてきました。昨日は街頭演説の前に止まった白いスポーティーなベンツの窓があいて、奥の運転席の女性から強い支持のアピールがありました。期日前投票で「入れてきた」と声をかけて下さる方も・・・。選挙事務所も連日たくさんの人が激励に来て下さっています。ただし、私は街頭に出ていることがほとんどなのでお会いできないのが残念。
神戸や淡路など遠方からも知人が応援にかけつけてくれてうれしい限りです。

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