2017年03月31日

新年度予算への反対討論…幼稚園・保育所統廃合は撤回を

《3月24日の最終本会議で、日本共産党芦屋市会議員団を代表して予算案への反対討論に立ちました。以下に全文を掲載します。》

日本共産党を代表して平成29年度2017年度一般会計、介護保険事業特別会計、後期高齢者医療事業特別会計、三条津知財産区共有財産会計の4会計予算案に反対の討論を行います。

地方自治体をとりまく状況は、現年度から導入の地方交付税におけるトップランナー方式による財政削減の圧力や沖縄に見られるように政府方針に沿わない地方政治には有無を言わさぬ強権政治の発動など、地方自治に逆行する厳しさが増しています。

同時に、国民生活は政府の経済政策のゆがみを受けて、暮らしづらさをいっそう増しています。家計消費支出は対前年比で減り続けています。

このような中で、地方自治体としての姿勢が問われています。国の政治に対する姿勢、そして市民に対する市長の姿勢が問われています。

一般会計の新年度予算では、山手中学校や精道中学校の建て替え事業など、待ち望まれてきた事業、大学入学支度金のように日本共産党として求めてきた学生生活への財政的支援の一助となる施策、関係者の切実な願いであった精神障害者医療助成の拡大など、市民要望に応えた事業や施策が含まれ、それらに反対するものでないことは当然のこととしながら、なお賛成しがたい問題を含む予算であり、全体としては反対するものです。

施政方針で市長は、「一億総活躍社会の実現」など国の政策と自治体の取組が一体となって、地方創生を進展させなければならないとして、「世界でも特別なまち」であり続けることを掲げていますが、ことさらに特別である必要はなく、地方自治体としての本来の役割が十分に果たせること、そのためにも地方自治体としての行政運営にさまざまな制約を押し付けてくる国の政治にしっかりとした問題意識をもって臨むことこそが求められていると思います。

地方自治体としての本来の役割とは、住民の福祉の増進であることは論を待たないわけですが、市民生活の現実に行政としての視座を据えてこそ果たせる役割であろうと思います。今日の日本経済の低迷と国民生活の厳しさは、本市においても例外ではないことをこの間に繰り返し指摘してきましたが、今年の施政方針においてもそれを直視する視点は見えてきません。そのことが、山中市長による市政執行に制約を作り出していると言えます。行革の理由とされた震災後の負債が作り出した財政上の制約が、大きく取り払われたことは当局も認めながら、市長の政治姿勢による新たな制約が市民の願い実現を阻む要因として生まれていると言えます。
その典型として今回表れたのが、幼稚園・保育所の統廃合計画ではないでしょうか。施政方針で市長は、「子育てにおける多様なニーズへの対応と子どもたちの個性に応じた最適な環境整備が必要です。幼稚園と保育所の全体的な見直し、子育てにおける本市の強みも継承しつつ、官民が互いの良さを発揮しながら、オール芦屋で推進する体制を構築してまいります。」と述べていますが、その具体化として新年度予算に盛り込まれているのは、市立打出保育所を民営化するための事業者選定委員会の予算です。そのどこが「最適な環境整備」なのか、「本市の強み」の継承なのか、「互いの良さの発揮」なのか、市民からの厳しい批判に晒されているのは当然です。

市が2月に示した幼稚園・保育所統廃合計画の具体化が始まる予算であるだけに、一般会計予算に反対する理由の一つとして、まずこの計画の問題点に触れておきたいと思います。

市は今回の統廃合計画を保育所の待機児解消策として市民に説明していますが、374人の定員増加分のうち284人は、市立の幼稚園・保育所の統廃合とは別に誘致する民間園によるものであり、統廃合によって増員となるのは90名にとどまります。
市立打出保育所と市立大東保育所は、民営化によっても定員に変化はなく、まったく待機児解消には結びつかないものです。
それなのになぜ、民営化なのか。市の説明で出てくるのは、打出と大東の2保育所の保育士に相当する31名の保育士が今後の数年間で定年退職を迎えることですが、保育士ならば募集すればよいことであり、このことを理由に廃園にするなどということは、経費削減という財政判断を優先させるものとして批判を免れません。
震災後に財政難を理由に凍結していた総額で100億円を超えるJR芦屋駅南地区の再開発事業をいよいよ本格化させようとするときに、財政理由から公立の子育て施設を縮小するなどというのは、子育て支援より開発優先と言われても仕方のない財政運営ではないでしょうか。そのどこが、市長が施政方針で言う「子どもの最善の利益」なるのかと言わざるを得ません。

本市においては、民間保育園の一法人における不正経理があったばかりであり、社会福祉法人だからと言ってかならずしも信頼できない思いが市民の中には広がっていますが、だからと言って私は民間園がすべて問題ありだという立場に立ってものを言っているわけではもちろんありません。本市においても長く民間園が公的保育の一定部分を担ってきましたし、そのことは評価されてしかるべきことだと思っています。
しかし、社会保障としての公的保育を担う中核は、国民の権利保障の義務がある行政が主体となって設立・運営する公立保育所であり、民間園はその補完的役割を担うことに民間園としての意義があるという関係性を見ておかなければなりません。
実際に芦屋市では、保育士の配置基準の上乗せや看護師の配置、給食のアレルギー除去食など、民間園を含む市内の公的保育の質の向上をリードする役割を公立保育所が担ってきました。まさに、公立保育所が中心となって「子どもの最善の利益」を追求してきてと言えます。市長が施政方針で「官民が互いの良さを発揮しながら」と言っているような、公立保育所と民間保育園を並列的にとらえる考え方は、公立保育所の存在意義を見誤り過小評価するもので、いきおい公立を減らしても、さらには無くしても大丈夫という行政による自らの公的役割と責任の否定につながりかねません。
市は、昨年行政内部でとりまとめた市立保育所適正化計画の中で、公立保育所の役割として保育の質の確保に言及しながら、その担保としての公立保育所の数については根拠を示すことなく減らすという結論を出しており、質の確保が言葉だけのものなりかねない危険性をはらんでいます。
先ごろの社会福祉法人「夢工房」の前経営陣による不正行為は、前経営陣の資質の問題に矮小化されることではなく、待機児解消を公立保育所の増設ではなく民間依存ですすめる政策が、条件の整わない法人さえも認可することにつながったという第三者委員会の認識は、民間誘致に依存してきた芦屋市としても教訓にしなければならない視点だと思います。公立を減らせば減らすほど行政の立場は弱くなり、第三者委員会が「待機児童ゼロ作戦で悩む自治体と保護者を手玉にとった」と指摘した「夢工房」問題の再来を招いてはならないと思います。

幼稚園について見れば新年度中には、岩園幼稚園に統合が予定される朝日ヶ丘幼稚園とともに、場合によっては認定子ども園に統合される精道幼稚園の廃園のための条例が出される可能性を市教育委員会は示しています。新年度の事務執行予算の中身としてこの問題も指摘しておかなければなりません。
教育委員会から廃園の理由として出されている定員充足率の低さは、幼児教育における1クラスの定数の多さが改善の課題になっている今日、最も多かったときよりは見直しがされた幼稚園の定員であってもなお、過大であることを見ておく必要があります。市の説明会でも、現状がちょうどいいとの声が市民からも出されているところです。それでもなお施設の有効利用を言うのであれば、以前から要望のあった幼稚園での3歳児保育を拒み続けてきたのは芦屋市であることを思い返さなければなりません。このことも説明会ではPTAの役員から出されていました。
市は、統廃合で新設する認定こども園で3歳児保育はするとしていますが、幼稚園ではできないとしていたものが、認定こども園ではなぜできるのかとの疑問に市はまともに答えていません。幼稚園では3歳児保育を市内の民間園が行っているので、公立で実施すると競合して園児のとりあいになるとしながら、認定こども園では、公立の幼稚園で3歳児保育をしていないがために市外の民間幼稚園に行っている3歳児を市内に呼び戻すことになり、民間園との競合は起きないと説明しています。認定こども園なら、市外に出ていた子どもが帰ってきて、幼稚園なら市内民間園に行っている子どもを取り合うことになるなどというのは、当局の都合に合わせたまったくの空論であり、論理矛盾です。
定員割れによる幼稚園施設の無駄を言うのであれば、すぐにでも3歳児保育を実施すべきですし、そのことは預かり保育も活用することで保育所の待機児解消にも効果が期待できるというものです。

統廃合で通園区域が広くなれば、教育委員会が推奨してきた徒歩通園が無理になる地域が相当の広さで生まれることも問題です。保護者の負担が増え、送迎途中の安全にもあらたなリスクが伴うことは必定です。それらはいずれも芦屋の幼稚園教育の魅力を減退させるものです。
そもそも認定子ども園に統合される幼稚園では、本市幼稚園教育の継承に大きな制約があります。
認定こども園は、3歳以上の幼稚園児に対応した1号認定の子どもと同じく3歳以上の保育所児に対応した2号認定の子どもが同じクラスで保育されることになり、これまでの幼稚園教育がそのまま継承されることにはなり得ないからです。しかも認定子ども園は、1園が150人から200人、あるいは250人から300人と大きく、その中に生まれたばかりの0歳児から5歳児までが含まれるわけですから、単純な人数だけの比較で、かつての幼稚園はそれくらい多かったではすまされない問題があります。
本市の保育所の最大の定員は新浜保育所で100名ですが、乳幼児からの保育所にあっては、子どもたちの健全で安全な保育における子ども集団としての規模の判断がそこにはあったわけであり、行政が大事にしてきたそのよう判断基準さえ捨てて、財政効率からこれまでにない巨大園を設けることは、保育士の配置基準さえ同じであれば良しとするわけにいかない保育の質の問題があります。

公共施設である幼稚園や保育所が市民の財産であることも忘れてはならない点です。それは建物や土地という意味だけではありません。
朝日ヶ丘幼稚園や精道幼稚園に限らず、どの幼稚園もまたどの保育所も、在園児以外の地域の子どもや保護者を対象とした子育て支援のセンターとしての役割を担ってきています。統廃合は、その施設を地域から無くし、あるいは遠ざけることで、芦屋市としての子育て支援を大きく後退させるものです。市長が施政方針で継承するとしている「子育てにおける本市の強み」、市民が行政と共に培ってきた本市の財産と言えるその強みを行政自ら弱め、否定することにさえなりかねないものです。

この問題での最後に、新年度予算に打出保育所の民営化関連予算が計上されるに至った統廃合計画策定のプロセスの問題を指摘しておきます。
市は、打出保育所の民営化を含む今回の統廃合計画について、2015年平成27年に策定した「子ども子育て支援事業計画」で「市立幼稚園と市立保育所の適正な規模についての整備検討を行います」としていることの具体化だと説明しています。しかし、今回のような大規模な統廃合が「適正な規模についての整備検討」などという一言で市民が納得するものでないことは、この間に開かれた各所での説明会で出された市民の声からも明らかです。このような言葉で市民不在での計画策定を正当化できると考えているのなら、それは行政の傲慢さの表れであり、市民との間でよほどの感覚のずれが行政に生じているということであろうと懸念します。
この間の経過を見れば、昨年の4月に保育所の統廃合計画策定に着手し、12月には市立保育所適正化計画を策定しておきながら、子ども子育て支援について所管事務調査としている議会に対して今年の2月まで一切の報告がなかったことに加え、教育委員会は幼稚園の統廃合について非公式非公開の協議会で進め、最終的に計画を決めたとする市長と教育委員会の協議調整の機関である総合教育会議も非公開にして事をすすめるという周到さです。計画策定過程が市民排除で貫かれたと言えるこのプロセスは、市がパブリックコメントなど「政策・計画策定過程への参画」と言っていることとも矛盾する実態がここにあります。

そもそも、市は昨年の12月に一旦は「芦屋市立保育所適正計画」という個別の計画を内部で策定していますが、その後においてこの計画名はいっさい表には出てきておらず、
2月13日の市議会全体協議会で明らかにした段階では「市立幼稚園・保育所のあり方について」という「計画」の言葉を抜いた呼び方に変えられています。これはその後に市が統廃合を「子ども子育て支援事業計画」の具体化であるから、パブリックコメントにかける考えはないと説明することにつながる言葉の言い換えまで行って、市民参加を避けようとしたのではないかとの疑念をもたせるものです。政府が、南スーダンでの自衛隊の活動報告にからんで、憲法に抵触する「戦闘」という言葉を現地では使いながら国会への報告では使わず、実態とは異なる「衝突」という言葉に言い換えたのと同様のごまかしなのではないかとの思いが消えません。
市民参画の市の方針に照らしても問題のあるプロセスであり、正当性のない手続きで決められた政策・計画に正当性はないと言わねばなりません。撤回を強く求めるものです。

プロセスについて教育委員会には、さらに問題があることも指摘しておきます。教育委員会は今回の統廃合計画は総合教育会議に教育委員も参加してそこで決定したとしていますが、この説明には総合教育会議の位置づけについての事実誤認があると思います。総合教育会議は市長と教育委員ではなく、市長と教育委員会との協議調整機関であって、決定機関ではありません。総合教育会議における両者、すなわち市長と教育委員会の調整結果を両者が尊重しなければならないと法が規定しているのも、総合教育会議が決定機関ではなく、別途に意思決定機関としての教育委員会が調整結果に基づいて方針決定をすることを前提としているからです。教育委員会が自らの意思決定機関としての位置づけを低めるよう認識で、今回の重大な内容の問題が進められることは、独立した行政委員会としての教育委員会制度の形骸化につながりかねない問題として指摘しておくものです。

今回の統廃合計画の背景には、国が営利企業をも含む民間の保育参入を規制緩和してでも推し進める政策誘導があり、自治体に不利な補助金制度の改悪までもが強行されたことがあることは確かです。しかしそのような中にあっても、公立保育所の増設を決断する自治体があることももう一方の事実です。待機児解消を政府の進める規制緩和という保育水準の低下の流れの中で行うのか、あるいは制約の中にあってもなお「最善の利益」がはかられるべき「子どもの視点」を見失わず、自治体としての努力を尽くすのかが問われています。これまで優れた保育実践を重ねてきた芦屋市こそが、その財政的条件を最大限に生かして公立保育所の増設を決断することを強く求めたいと思います。

以上、新年度予算に反映している幼稚園・保育所統廃合計画の問題点の指摘にかなり時間を要しましたので、あとの問題は簡潔にしておきたいと思います。

屋外広告物条例の施策を推進する予算が計上されていますが、補助事業を否定するものではないものの、そもそもが市民の権利に規制を加えるものでありながら、十分な市民合意が形成されないままの条例強行になったものであり、現時点では推進の予算を認めることはできません。

マイナンバー関連の予算については、先ほどの関連議案の討論でも指摘があったように、マイナンバー制度が徴税や社会保障における国民監視の性格が強いことに加えて個人情報漏えいのリスクが高く、反対するものです。

ほかにも一般会計には、指定管理者制度にかかわる予算、PFIにかかわる予算などが含まれることも問題点として指摘しておきます。

介護保険事業特別会計では、なによりも高い保険料とその一方での保険はずしを指摘しなければなりません。そもそもの施設不足に加えて、新年度は要支援や介護1.2を介護サービスからはずして新総合事業に移行する初年度であり、「保険あって介護なし」がいっそう進む事態となっています。所得による自己負担二割の導入も大きな問題です。社会的介護という介護保険制度がつくられた当初の理念からは大きくずれた実態は、容認する限度を超えるものとなっており、反対をいたします。

後期高齢者医療事業特別会計は、高い保険料に加えて、制度そのものが高齢者への差別的制度である点から反対します。

最後に三条津知財産区共有財産会計です。憲法違反の安保法制の発動で駆つけ警護の名による武力行使や集団的自衛権行使の名による日米共同軍事作戦よって、日本がテロの標的にされるリスクは格段に高まっています。このような安保法制の下で、日米が共同の敵とみなした国からの攻撃があるとすれば、初期の段階で攻撃対象となるのが通信施設であることは軍事戦略の基本です。実態として米軍との共同利用となっている自衛隊六甲通信基地の危険性は安保法制の発動によってより大きくなっていると言えます。そのような通信基地用地としての財産区の土地貸付に反対するものです。

今年は憲法と憲法理念の実現に不可欠とされた地方自治法の施行から70年の節目を迎える年です。地方自治法は2000年の大改正によって、国による代執行制度導入の改悪を含みながらも、なお国と地方自治体を対等の関係ととらえることや地方自治の本旨にもとづく運営など基本原則は生きており、沖縄にみられるように、国による地方自治侵害の状況が進む今日だからこそ、その基本原則を生かすことが自治体側に切に求められています。
安保法制の強行やそれに続く共謀罪創設法案の国会上程など、かつて日本を亡国へと導いた偏狭な国家主義を再現するかのような現下の国の動きは、地方自治体をまたもや国の下請け機関としかねない懸念を持たせるものです。地方政治に携わる者として、憲法と同時に地方自治法が施行されたその趣旨をいまあらためて思いおこし、国民主権を阻害する国家主義への傾倒を食い止め、憲法のめざす民主的で文化的な社会の建設を地方政治において担っているとの自覚の下に、地方自治の内実を住民自治の視点から強めていくことが求められているとの認識を深くするものです。
市長におかれては、今回の幼稚園・保育所統廃合計画であらわになった政策策定過程からの市民排除の姿勢をあらため、住民自治の根幹である市政の主役としての市民の位置づけにもとづく市政執行を強く求めておくものです。

以上申し上げて、一般会計他4会計予算への日本共産党を代表しての反対討論とします。

posted by 平野 at 20:38| Comment(0) | 活動
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