2015年08月15日

平和安全法制については反対…愚かな選択を決してとってはならないと山中健芦屋市長が表明

<兵庫県自治体問題研究所からの依頼で、「住民と自治」兵庫県版に寄稿した一文を転載します>
被爆70年の今年も、広島、長崎をめざす国民平和大行進が7月9日に芦屋を通過しました。市役所前での歓迎と引継ぎの集会がいつもと違ったのは、そこに市長自身の姿があったことです。早めに出てきて、行進団を出迎えました。市長代理の挨拶は毎年行なわれてきましたが、松永市長から山村市長、北村市長、そして現在の山中市長まで、私が議員だった期間32年間を通じて市長自らが挨拶に出てきたことは今回が初めてです。
その6日前の7月3日、山中健市長は、私の本会議質問に対する答弁で「日本国憲法を遵守する考えであり、現在、国会で議論されている『平和安全法制』については反対の考えでございます。」と戦争法に反対の姿勢を明確にしました。
私は質問で、国会で議論されている「平和安全法制」について、違憲性の指摘がされ、批判が広がっていることを指摘した上で「憲法に反する集団的自衛権行使の具体化である法案の成立は、地方政治のあり方にも重大な影響を及ぼすことになりかねません。戦前において市町村が国の戦争推進の機関とされた苦い教訓から、戦後においては憲法と同時施行で地方自治法が施行された意味は重いものがあります。そもそも明治憲法の改正と言う形をとって制定された現憲法に、新たに加えられた二つの章が、第9条のみからなる第二章の戦争の放棄と、第八章の地方自治であるところに、平和国家建設に向けて地方自治に期待されることの大きさが現れており、地方政治に携わるものとして、その意味を常に自覚し、国政の動向にも注意を払っていくことが重要です。戦後70年を経た現在の日本の政治状況について、平和憲法に照らしてどのような問題意識を地方政治の責任者としてもっているか。国会に上程されている平和安全法制についてどう受けとめているかお示し下さい。」と、地方政治の責任者としての市長の認識を質したのですが、山中市長は前記の答弁に続けて以下のように述べました。
「今の日本の平和と繁栄は、先の大戦で300万人を超える尊い犠牲と、その何倍も何倍も悲しい思いをした人たちの上に成り立っているということを、われわれは片時も忘れてはなりません。過ちは二度と繰り返しませんからと固く誓ったはずです。戦争できない、しない国から戦争できる国にするという愚かな選択をけっして日本はとってはならないと強く思います。」
山中市長は、国民平和大行進の歓迎・引継ぎ集会でも同趣旨の挨拶を行ない、参加者から「お〜」というどよめきと拍手が沸き起こりました。本会議質問の後で分かったことですが、質問への答弁のためにあらかじめ所管部署との打ち合わせで用意していた原稿にはこの部分はなく、市長自身が答弁時にアドリブで付け加えたものでした。外国の2000万人の犠牲という加害に触れていないなどの指摘もありますが、安倍政権の戦争に向かう姿勢に明確に批判の立場を示したことには、ネットによる同時中継で本会議を視聴していた市職員からも共感の声が聞かれたのをはじめ、多くの市民から共感の声が寄せられています。
山中市長は現在四期目で、今年4月の選挙は無所属での立候補でしたが、一期目から自民、公明両党の支持を得てきました。しかし、「護憲派」を自称する山中市長は、これまでも「平和主義、国民主権、基本的人権を柱とする日本国憲法は優れた憲法・・・改正の必要は全くない」(2013年6月議会答弁)、「集団的自衛権の行使には反対の考えであります」(2014年6月議会答弁)と、政府の方針と異なる場合であっても、平和に対する自らの考えは明確にしてきました。
今年10月15日で30周年となる芦屋市の「非核平和都市宣言」の市議会決議に際しては、当時二期目の市会議員として、宣言文の起草にかかわっています。
10年前には、非核平和都市宣言20周年を記念するつどい(2005年芦屋非核平和祈念のつどい=同実行委員会主催)に参加し、立ち見も出るルナホール満席の参加者を前に次のように述べています。
「ややもすれば右傾化しがちな今日の世相にあって、このようなとりくみは大変意義深いものがあると思います。いま、ちょうど改革の真っ最中で、どんどん少子化と超高齢化へ社会が変わっていく、これまでと同じような事業をしていたのでは対応できなくなる。芦屋市も改革の真っ最中で、ご批判もあるでしょうが好むと好まざるとにかかわらず改革して将来に備えていかなければなりません。しかし、変えてはいけないのが日本国憲法だと思っています。みなさんも憲法を守り、平和を守るためいっそうのご奮闘を心からお祈りし、激励とお祝いのごあいさつとします。」
市民に負担と犠牲を強いる行政改革をスタートしたばかりの山中市政一期目のときで、何を言い出すのかと固唾をのんで耳を傾けていた参加者の顔が一気にほころび、満場の拍手がホールを包みました。
山中市長とは、多くの問題で政策を異にし対立することもある中で、日本の命運を左右する戦争か平和かの問題で、基本点での認識を多くの平和を願う市民と共有できることを公の場で確認できたことは、大きな意義があります。
私は、平和行進の折に、市長に「議会での答弁に多くの市民が共感していますよ」と声をかけたのですが、市長からは「周りから色々言われましたよ」と、戦争法推進の側からの圧力があることをほのめかす言葉が返ってきました。「市長のバックにはたくさんの市民がいますよ」と私が言うと、「そうですよ、この問題では私らが多数派ですから」と返ってきました。
市長が、護憲の立場を表明するのは、政治家個人としての信条によるのが大前提ですが、その立場を堅持する最大の保障はやはり世論だとつくづく感じたところです。
平和行進では、市役所敷地内だけではありましたが、山中市長も横断幕をもっていっしょに歩くという場面も加わり、挨拶に加えて参加者の共感をいっそう広げました。その護憲の歩みが、これからも市民とともにあることを願うとともに、そのためにもいま一つの市民代表機関である市議会が、市長の足をひっぱることのないよう憲法擁護の市民的共同を広げていかなければと思います。
posted by 平野 at 00:00| Comment(0) | 活動
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