2015年08月07日

原水禁世界大会に参加してきました

原水禁世界大会に参加してきました。昨年は都合で参加できず二年ぶりです。
好核勢力の壁が崩れ、その先に光が・・・     
私が生まれる11年前にあった広島・長崎の被爆、その被爆を自らのこととして感じ、原水爆禁止世界大会にはじめて参加したのは1982年のことでした。以来30年余り、好核勢力に抗しての原水禁運動の力強い前進と核廃絶への大きな展望を体感してきました。今年で21回目の参加となりましたが、私がお世話役(事務局)を務めたバスでは、なんと7割近くが初めての参加者。運動の広がりと確実に若い世代に継がれていることも感じた今年の大会です。
30年前、私が原水禁運動にかかわり始めたとき激励くださった故・副島まちさん(県被団協理事長など歴任)の被爆地(ご自宅跡、爆心地から2.5km)を訪ねました。被爆した少女たちの写真で知られる『御幸橋』の近くです。
被爆当日、副島さんご家族が一夜を明かした向かいの修道中学校では、人工芝が張られたグラウンドで生徒たちが球技に歓声を上げていました。その歓声が永久(とわ)に続くことを願い、そのためにも核戦争の加害国になりかねない「戦争法阻止を」との思いを胸に、その地を後にしました。
世界大会は「広島からのよびかけ」で、核兵器を「正当化」する「抑止力論」を打ち破る力は、一人ひとりの市民が声をあげること―と強調しています。自分だけの胸の内に留めず、どんな小さなことでも声に出し、行動に移しましょう。好核勢力の壁が崩れはじめ、その先に光が見え始めています。

posted by 平野 at 22:00| Comment(0) | 活動
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