子育てシンポジウム(西宮)があと2週間余り(12月5日午後2時/西宮勤労会館)と迫り、18日はその準備や打ち合わせで時間が過ぎてしまいました。講演の杉島寿美子さん[DCI(子どもの権利のための国連NGO)兵庫セクション事務局次長をはじめ、各分野のシンポジストのみなさんも意欲的に準備を進めています。ぜひ、多くの人たちの参加で成功させたいものです。
杉山市議と西宮市内で街頭演説
19日は、午前中に兵庫県全県の日本共産党常任・議員の会議があり、第25回党大会(1月開催予定)に向けた「躍進特別期間」のとりくみについて討論しました。このような会議での各人からの活動報告等の発言は、自分の活動にとってもいつも刺激であり参考になり励まされるものですが、いざ自分が発言するのはどうも苦手で、いつもながら気後れがしてためらってしまいます。今回は、私の不在中(今日の「付録」で報告)に「発言者」にされてしまって(?)、戸惑いながら当日を迎えてしまったので、案の定・・・△?×□??な発言になってしまいました。
午後は、西宮の杉山議員との街頭宣伝でした。後半は下校時間に重なったこともあってどこでも小・中・高校生が手を振りあげ声援をくれ、大変な「人気」でしたが、最後の場所では、演説を終わって車に乗ろうとすると「おい、共産党。応援してるでぇ〜。がんばれ〜。」と年配の男性が自転車を走らせながら声をかけていき、ドアに手をかけると「がんばってくださいよ。」と今度は年配の女性が声をかけていきました。日中よりも一段と寒くなった夕方の街角でしたが、日本共産党への熱い期待を感じる街頭宣伝でした。
<付録>・・・郡上八幡ヒューマン・ツアー報告

紅葉の中の郡上八幡
恒例となった日本国民救援会(人権と民主主義のためのボランティア団体)西宮芦屋支部(私も役員を務めています)のツアーが、17日、18日の両日あり参加しました。これまでにも、ハンセン病患者の隔離病棟だった岡山県の「愛生園」、『東洋のシンドラー』と言われた杉原千畝記念館、安曇野ちひろ美術館、戦争で夭折した画家の作品を集めた美術館「無言館」、片山潜記念館等々、平和・人権・民主主義などにゆかりのある地域・施設を訪ねてきました。今回は、江戸時代に農民が藩主を替える画期的な成果を勝ち取る結果となった「郡上一揆」の里を訪ねまし
た。

獄門となった前谷村定次郎の顕彰碑

たたかいを顕彰する義民碑は郡上の各地にあります
山深い岐阜県北部の郡上(郡上八幡市、郡上郡白鳥町)は紅葉の山々に囲まれ、清らかな水の流れる趣のある町でした。この町を舞台に、いまから255年も前に、藩の年貢引き上げに反対して何千人もの農民が組織的に団結して立ち上がり、幕府への直訴を含め約4年にわたる一揆を戦ったのです。生活が困難な中でも農民たちは百両を超える軍資金を自分たちの中から調達しています。いかに組織立った一揆であったかを物語っています。この一揆によって郡上藩金森家はお家断絶に追い込まれ、かかわっていた幕閣も処分(老中免職、若年寄領地没収等)されますが、農民の犠牲も悲惨を極め、21人が獄中で病死、首謀者3名は獄門(処刑)となりました。
農民の力でこの城の「主」を替えたのです(城は再建したもの)
時は移り、たたかい方は違うものの、悪政をすすめる権力(者)を相手に一歩も引かずにたたかい、ついに藩政を替えさせた江戸時代の農民のその不屈さは、私たちを限りなく励ますものです。いつの時代も社会を変える力は、民衆にあることを強く感じたツアーでした。
城から見た郡上八幡の街
白鳥町の長滝白山神社(この境内にも義民碑がありました)
白鳥町にある東海地方の名瀑「阿弥陀ヶ滝」では、たまたまロケに来ていたNHKの撮影にエキストラで全員が出演しました。(ただし、みんなで滝を見上げている後姿を撮ったものですから、顔は映っていません。)
落差60mの阿弥陀ヶ滝
紅葉の深まる郡上郡白鳥町の山々